夢日記#1 教室の巨大なカメレオン
僕と母親、そして母親の同僚の3人でホテルに来ていた。エントランスは開けた洋風の空間で、不自然に長大な階段がホールの中央を占有している。
二人が僕にもうすぐ学校が始まる時間であることを伝えてくれた。僕は内心面倒くさがりつつも階段を上がって、客室へと続くホテルの廊下を歩いていく。
廊下を進むうちに自分のクラスの教室が見えた。皆はもう席についていて、今にも授業が始まるところだ。慌てて教室に入って荷物を降ろし、教科書を広げた。
開始のチャイムが鳴った。先生が少し話してからチョークで黒板に何かを書き始める。
何の授業をしていたのかは思い出せない。
ただ、見ずらい。というか黒板の記述が殆ど見えない。
なにしろ生徒たちの机と黒板との間に巨大なカメレオンの像が置かれているのだ。
カメレオンとはいっても二足歩行である。肉食恐竜のように小さな前足がぶらりと宙に投げ出されている。
ただし、両目はぎょろりと大きくて、体色は鮮やかな緑色だ。
一般的に小学校の教室に置かれた黒板の横長が3.6mというから、それを覆いつくして余りあるかれの全長は5mといったところか。
不気味だ。
教師はかれの存在を一切考慮せず、巨体の陰になって誰にも見えないであろう黒板にチョークを走らせながら熱弁している。そして生徒も同様だ。皆一様に机へ教科書とノートを広げて前を向いている。その先には得体の知れない大型爬虫類らしき像の側面しか見えないはずなのに。
しだいに焦燥感が増してきた。不気味で仕方ないのだ。それは誰もがこの状況を気にも留めずに日常を続けていることの奇妙さからではない。
単純に目の前の巨大な怪物の像そのものが怖い。
僕はまだ幼い小学生だ。それくらいの年頃の子がよく抱きがちな考えだが、まるで剥製みたいな見事な造形のせいで、その巨大な体が動き出して手近な人間を捕食しだすんじゃないかとの不安が湧いてくる。
その疑念は正解だった。
まず最初は眼球だった。かれの瞳がゆっくりとうごめいて、ついには僕と目が合った。周囲はそれに気づかない。
手を上げて先生に伝えようか。そんな悠長なことを考えているうち、さらにかれはその大きな首をもたげて教室を見回しだした。
怪物が動き出したというわけだ。
教室はあっけにとられた。すぐ一つだけの大きな悲鳴がどこからか上がって、そのあとには堰を切ったようにすべてが動揺の中にいた。
僕も慌てて席を立ち逃げ出した。出口は渋滞している。教室内にいた誰もが散り散りにどこかへ消えてしまったあと、ようやく僕は出遅れた一人のクラスメイトとともに開け放たれた教室の扉を抜けた。
怪物は廊下に出た僕らに気づくと、こちらに向けて猛然と突進を始めた。恐怖につつまれながらも走って逃げる。途中で担任の先生も逃亡の一団に加わった。
後ろを振り向いてはいないが、だんだんとかれと僕らの距離が近づいていることが分かる。
走るうち、右手に階段が見えた。これが最後の希望に思えた。
怪物は階段を上ったり下ったりするのが得意なのか?わからないが、少なくともこのまま廊下にいては追いつかれることだけが明白だった。
結局、僕は階段を下った。クラスメイトと先生は階段を上がった。
そして怪物もまた上へと向かっていった。
巨大な二足の音が校舎内に響き渡るなか、僕は全速力で外を目指した。人の心配などしている間はない。とにかくこの場から離れたかった。
上履きのまま玄関を飛び出す。
このあたりで僕はどうしてか息をひそめながら行動したほうが良いように思えはじめた。身をかがめて、できるだけ足音のならないようにゆっくりと歩くことにする。
広場にある花壇のあたりに差し掛かって、嫌な予感がした僕は慌てて陰に隠れた。遠くに怪物がいた。
一緒に逃げていた彼らはどうなったのか?そんな事よりただ自分がかれに見つからないようにひたすら祈っていた。
かれはひとしきり辺りを見回すような動きをしてから、またどこかへと消えていった。
どうやら助かったらしい。
僕はどうしてかこれで全てが解決したような気になって、安心に胸を躍らせながら大股で広場を歩き、校門を抜けた。学校の出口は地元で一番大きい国道に繋がっていて、たくさんの人と車が往来している。
前から仲のいい友達が歩いてきた。野球と遊戯王が好きな彼だ。試しに動く巨大なカメレオン像のことを尋ねてみたが、彼は一切知らないし、また興味を示すことも無かった。
ただ彼は僕に一緒に遊びに行かないかと提案した。僕は二つ返事でのった。
なぜか二人分の自転車が用意されていて、それを僕らは国道をずっといった先のカードショップにまで走らせた。
入店し、山積みのカードを二人で漁る。値段が安く統一されている割に、たまに掘り出し物があるのだ。
そこで僕はたいへんな事に気が付いてしまった。金がなかった。
家に帰って、じいちゃんかばあちゃんにでもひとまず借りようか。しかし店まで戻ってくるのが面倒だなあ。